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第570号 2005(H17).12発行

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歴史の中の肥料[6]
施肥農業からみた「腐植説」と「鉱物説」

京都大学名誉教授
高橋 英一

はじめに

 定住農耕を始めるようになって以来,人間は土地の生産力を維持向上する努力を重ねてきました。これには田畑輪換や輪作のような「つくりまわし」の工夫とともに,放牧していた家畜に「飼料」を与えるように,作物に「肥料」を与えてより多くの収穫を得ょうとする工夫がありました。この施肥農業に大きな影響を及ぼすことになる二つの学説が,19世紀に現れました。いわゆる腐植説と鉱物説です。

 近代農学の開祖とされているドイツのテーア(Albrecht Thaer 1752-1828)は,1809年から1812年にかけて「合理的農業の基礎(Grundsatze der rationellen Landwirtschaft)」全四巻を著し,農学を一つの独立した科学として体系化しました。彼はその中で”土壌の肥沃度のもとは腐植にある。腐植は生命の生産物であると同時に生物に栄養を与える”とし,腐植質の補給をもって地力を高めるべきであると説きました。これがテーアの腐植説といわれるものです。

 一方農芸化学の開祖といわれる同じくドイツのリービヒ(Justus von Liebig 1803-1873)は,1840年に出版された「有機化学,その農業と生理学への応用 (Organische Chemie,ihrer Anwendung auf Agricultur und Physiologie)」の中で「腐植説」を否定し,植物の食物は無機物質であるという「鉱物説」を唱えました。

 この対立する二つの学説が,その後の施肥農業にどのような影響を与えたかについて,考えてみたいと思います。

「腐植説」と「鉱物説」の時代的背景

 「腐植説」と「鉱物説」が現れた19世紀前半の状況は,おおよそつぎのようでした。

 18世紀の中頃イギリスで始まった産業革命は,農村社会に大きな影響を及ぼしました。古代はもとより中世から近世の初めまで,人口の大部分は農村に住み農業で暮らしていましたが,18世紀後半からヨーロッパの農業人口は急速に低下しはじめました。たとえばイギリスでは,1760年に約70パ一セントあった農業人口は,1800年には36パーセント,1850年には22パ一セントへと100年足らずの間に三分のーに低下しました。

 しかし穀物生産量は,1760年の380万トンから1820年には630万トンに増加しており,この間に労働生産性が著しく向上したことを示しています。その結果19世紀中頃には,国民の8割近くが食料生産に直接たずさわらなくてすむようになりました。こうして生じた農業労働人口の余剰は,新しい生産活動にふりむけられ,イギリスの産業革命を推進しました。しかしそれは食料の生産地と消費地の解離を引き起こすことにもなりました。

 一方大西洋の彼方の新大陸では,1786年に独立したアメリカ合衆国が急速な膨張をはじめました。すなわちそれまでのミシシッピ一川以東に限られていた領土に,ルイジアナ(1803年フランスより買収),テキサス(1845年併合),オレゴン(1846年併合),カリフオルニア(1848年メキシコより割譲)を付け加え,19世紀中頃には大西洋から太平洋に及ぶ広大な国を建設するに至りました。

 そしてこの獲得した広大な処女地を開拓すべく,「マニフエスト・デステイニイ(神の与え給うた明白な運命という意)」をスローガンに西部開拓が始まり,その結果大量の農産物が生産されました。そして大西洋横断の船賃が船舶技術の進歩によって大幅に低下すると,ヨーロッパに大量に流入するようになります。

 また南アメリカのグアノとチリ硝石が,新しい肥料資源としてヨーロッパに入ってきたのもこの時期(1830-40年)でした。このように19世紀前半には,農産物と肥料に伴う養分のグローバルな移動が起ころうとしていました。これによって農産物の生産基盤である「農場」内における養分の循環は,大きな影響を受けるようになります。

 さらに植物の栄養観にも転換が起こりつつありました。それまで植物は生き物の体(有機物)を食べている動物と同様,土の中の有機物(腐植)を食べて大きくなると一般に考えられていました。これに対してスイスの化学者ド・ソシュールは,植物は太陽の下で大気から炭酸ガス,土から水と若干の無機塩類を摂取して生長することを1804年に出版した著書「植物の生長の化学的研究」の中で発表しました。これは植物の栄養は有機物に依存しないことを示すものですが,後にリービヒが学説(鉱物説)として強力に唱道するまでは注目されませんでした。

「腐植説」と「鉱物説」の視点の遣い

 テーアはゲッチンゲン大学で医学を修め,ハノーパー王国の宮廷医を務めていましたが,次第に農業に関心をもつようになりました。彼は当時最も進んで、いたイギリスの農業を熱心に研究し,「イギリス農業入門」三巻として1798年から1804年にかけて刊行しました。これは後進的であったドイツ農業のイギリス化を意図したものでした。

 1804年プロイセン王国に枢密顧問官として招聘されたテーアは医業をやめ,ベルリン東北のメークリン(Moegellin)に1044モルゲン(約260ヘクタール)の土地を購入して農場経営を始めました。こ乙は大部分が痩せた砂質地でしたが,あえて生産力の低い土地を選んで、合理的経営によってどの程度改良ができるかを試そうとしたのでした。当初農場の経営は困難でしたが,次第に成果を上げてゆきました。その経験をもとに執筆されたのが「合理的農業の基礎」でした。

 テーアの合理的農業の柱の一つは,「腐植質→家畜の舎飼い→飼料作物の導入輪作」という構想でした。それは”植物の養分の腐植質は植物の吸収と分解によって土から失われてゆく。したがって腐植質の補給が必要であるが,それを可能にするのは厩肥である。この厩肥を継続的に得るには舎飼いによる家畜飼養が必要であり,その飼料を確保するために土地利用方式の中に飼料栽培を入れねばならない。それには冬穀-夏穀-休閑という旧来の三圃式経営をやめ,冬穀の後に飼料用の甜菜,夏穀の後にはクローバーを導入して作物の輪換を行う。これによって舎飼いのための飼料が得られるだけでなく,土の物理的状態もよくなる。”というものです。これはイギリスのノーフオーク地方で行われていた農法に基づいたものですが,テーアはこの輪換方式の中に農業生産力の最高の姿を見ていました。

 一方のリービヒは1825年22才の若さでギーセン大学教授になり,有機化学の分野で数々の業績をあげていました。彼は1837年イギリス科学振興会の年会に招かれて尿酸の分解生成物の研究について講演し,有機化学に立ち遅れていたイギリスの化学者に衝撃を与えました。リービヒの研究に感銘を受けた科学振興会は有機化学の現状について執筆を依頼し,これが農業化学の名のもとになる「有機化学,その農業と生理学への応用」を1840年に世に出すきっかけになります。そしてその後,彼の関心は,有機化学から農業化学と生理化学の方ヘ移って行きました。

 リービヒは当時新興の化学のまなざしで植物の栄養を眺め,腐植という名で括られていた養分に化学のメスを入れました。そして植物が必要な養分として摂取するのは,炭酸ガス,水,アンモニア(硝酸),リン酸,硫酸,カリウム,カルシウム,マグネシウムといった無機質あるいは鉱物質の物質であると強く主張しました。この従来の「生気論」を否定した学説は多くの若い学徒を惹き付け,経営学的であった農学の研究に自然科学的,化学的方法が導入されるきっかけになりました。

 テーアの「腐植説」の視点が土壌の肥沃度にあったのに対して,リービヒの「鉱物説」の視点は植物栄養の原理により注がれたという遠いが認められますが,この両学説はそれぞれ無機的農業様式と有機的農業様式の二つの流れをつくり,その後の施肥農業に影響を及ぼすことになります。

鉱物説と無機的農業様式の発展

 イギリスで進められた輪作農業の改良は,穀作ヘ肥料としてより多くの厩肥を供給するためでしたが,鉱物説はこの厩肥に代わって無機塩類が肥料になることを示しました。これは厩肥の供給が穀作の制限因子になることを取り除くとともに,厩肥供給の労力を省き,土地生産性と労働生産性の双方を向上させる契機になりました。

 具体的な無機肥料として19世紀にはグアノ,チリ硝石,カリ鉱物,リン鉱石などの鉱物肥料が,また産業革命が生んだ石炭化学の副産物である硫酸アンモニウム(副生硫安)が登場しました。さらに20世紀初頭には空中窒素固定工業が起こりましたが,これは自然界で行われている生物的窒素固定を補完する以上のものがありました。

 合成アンモニアは硫酸アンモニウムのほかに,硝酸アンモニウム,塩化アンモニウム,尿素などのいろいろな窒素化合物に変えられ,肥料として用いられました。リン鉱石も硫酸処理で過リン酸石灰だけでなく遊離のリン酸をつくり,これをアンモニアや塩化カリと反応させて,複数の肥料成分を含むリン酸アンモニウムやリン酸カリが製造され,施肥農業は化学肥料の時代に入りました。

 鉱物説はまた土を離れた農業を出現させました。1860年代にザックス,クノップらによって始められた水耕法は,植物を複雑な土壌条件から切り離し,単純で制御可能な条件下で生育させる便利な研究手段として,大学や試験場で広く用いられ,微量必須元素の発見など,植物の無機栄養の研究に貢献しました。

 ところがこの水耕法は20世紀後半になって,「養液栽培」として実際農業の場に登場しました。第二次大戦後,日本に進駐してきた米軍は,東京の調布と滋賀の大津に「ハイドロポニックス」と呼ばれる大規模な養液栽培施設を建設しました。当時日本では人糞尿が多量に使われていたので,野菜を生食する習慣のある彼らは,現地調達をやめて自給にふみきったのでした。これは日本で行われた最初の養液栽培でしたが,本来軍用で経済性を無視したものであったので,やがて消滅しました。しかし清浄野菜への欲求は植え付けられ,化学肥料が人糞尿を駆逐する手助けをしました。

 その後経済成長の時代が到来し,収入拡大のために商品価値の高い作物をつくる施設園芸が盛んになりましたが,雨のかからないハウス内での高度の集約栽培は,これまで経験したことのない塩類集積や連作障害などの問題を引き起こしました。これを回避するにはハウス内の土壌を定期的に入れ替えることが必要ですが,省力の時代にあっては労力の負担が大きい上に,土そのものの入手も容易でなくなってきました。また良質の野菜をつくるには,家畜の糞尿を主体にした堆厩肥の投与が必要ですが,住宅近接の環境下では悪臭そのほかのため投入自体が難しくなりました。

 このような情勢の変化の下で,栽培培地としての土の価値に変化が生じました。伝統的農業の母体である土の肥沃度は,自然の制約を免れるために自然環境から切り離された「施設」の中では,その価値を失って行きました。ここに土を離れた養液栽培が,施設園芸の中に組み込まれて行く状況が生じました。工業化社会を到来させた産業革命の特質は,社会が土地によって生産される有機物(農林畜産物)を原料とする経済から,鉱物(無機物)を原料とする経済に移行したことにあるといわれています。鉱物説が導いた無機的農業様式は善くも悪しくも,この工業化社会の発展に沿ったものであったといえるかもしれません。

腐植説と有機的農業様式の評価

 テーアとリービヒの祖国であるドイツは,北部から東部にかけて氷河が削った砂まじりの土壌が広がっており,これらは保水力が弱い上にカリや窒素分に不足していました。このような肥沃度のの低い土壌はドイツ全土の三分の二近くを占めており,かかる条件下で如何に食料増産を行うかはドイツの重要な課題の一つでした。これに対してテーアは有機質(腐植)の涵養を説き,リービヒは1860年にシュタッスフルトで発見されたカリ鉱石の施用が有効であることを指摘しました。

 20世紀に入って無機化学肥料の施用が進みますが,第一次大戦後のワイマール時代のドイツでは,土壌の酸性化や物理性の悪化,養分の偏りなどによる生産力の低下が顕在化し始めました。そしてこれは無機化学肥料に依存し,土壌腐植の涵養をなおざりにしたためであるといわれました。

 ドイツの人智学の創始者シュタイナー(Rudolf Steiner 1861-1925)は1924年6月ベルリン東南のブレスラウ近郊にあったカイザーリンク伯爵の農場で,自給自足農業の必要性を説く8回にわたる連続講演を行いました。それは後に「農業講座」として出版されますが,彼はその中で”われわれは大地それ自身を直接に活性化しなければならないが,それが可能なのは有機物であって無機物ではない。無機肥料は作物の健康を損なうので,使用をやめるべきである。”と述べ,鉱物肥料中心の無機的農業様式を否定し,「生命力」を持つ堆厩肥を主軸にした有機的農業様式を主張しました。

 シュタイナーの弟子にあたるバルチュ(Erhard Bartsch 1895-1960)は,シュタイナーの亡くなった1925年に,彼の唱えた農法に作物肥培の生物学的側面を強調する意味を込めて「バイオダイナミック農法(BD農法)」という名前を付けました。これは農場をさまざまな生命体が共生する一つの閉じた有機体として捉え,工場で大量生産される化学肥料の使用を「有機体」内の循環を壊すものとして拒み,そのかわりに農場内で生じる家畜の糞尿を加工した有機肥料を用いるものですが,このBD農法は現在の有機農業の源流の一つになりました。このような「腐植説」の流れをくむ有機的農業様式の再評価の背景の一つには,「生態学」と「土壌微生物学」という新しい学問の発展がありました。

施肥農業における有機物の意義

 堆肥や厩肥の代わりに鉱物肥料のみを与え続けたら,土地の生産性はどうなるかということは,化学肥料の時代の到来がもたらした重要な問題でした。これを明らかにするには堆厩肥連用と無機肥料連用の長期にわたる圃場試験が必要ですが,その最初のものとしてローズ(John Bennet Lawes 1814-1900)とギルバート(Joseph Henry Gilbert 1817-1901)によって1843年からRothamsted試験場で始められた一連の圃場試験があります。これは作物や厩肥に含まれているN,P,K,Na,Mg,Siなどを無機化合物で与え,その作物収量に及ぼす効果を在来の主要な肥料であった厩肥と比較したものでした。

 その一つのBroabalk圃場のコムギ連作試験の結果では,厩肥連用区(ヘクタール当たり厩肥35t,成分としてN224kg,P34kg,K157kgを含む)に対し無機肥料連用区(硫安,過石,硫加,硫マグ,硫曹で計1.5t,N145kg,P34kg,K90kg,Na16kg,Mg11kgを含む)は100年以上にわたってほぼ同等な収量をあげています。しかし無機肥料区に比べ厩肥区の収量の方が安定する傾向があり,その原因は主に厩肥区の土壌の物理性が良いことにあると考えられています。また厩肥には鉄などの微量要素を供給する働きがあり,これは微量要素が不可給態になりやすい土壌では重要であることも指摘されています。

 わが国でもかつて無機肥料の連用が土壌肥沃度に及ぼす影響をみる圃場試験が行われたことがありましたが,滋賀農業試験場で1933年から40年間実施された長期圃場試験(イネとコムギの二毛作)の結果は次のようでした。

 これによると表1にみられるように硫安,過石,硫加で年間ヘクタール当たりN154kg, P44kg,K113kgを施用した無機肥料区(NPK)は,堆肥のみ年間ヘクタール当たり22t(N 66kg,P10kg,K60kgを含む)施用した堆肥区(C0)に比べて穀実収量はイネで1.26倍,コムギで2.22倍と,とくにコムギに大きかったが(堆肥区のN,P,K供給量が少なかったのが原因と思われる),40年間の収量の推移をみると,無機肥料区(イネ0.82,コムギ0.87)では低下の傾向が明らかであったのに対して,堆肥区(イネ0.96,コムギ0.97)ではほとんど認められませんでした。

 また土壌に及ぼす影響としては,堆肥区は無機肥料区にくらべて作土層の厚みが増し,仮比重の低下(土壌孔隙の増加),塩基置換容量の増加,全窒素と全炭素とくに全炭素の著しい増加がみとめられます(表2)。そしてこれらの作物の生育や土壌の性質に及ぼす堆肥の効果は,無機肥料との併用によって更に大きくなることが,CNPK区とNPK区の比較からよみとれます。

 土の生産力(地力)を支配する要因としては,養分供給力の他に,通気性,保水性,易耕性,養分保持能,緩衝能,微生物活性等がありますが,堆厩肥はこれらのすべてに関わっているのに対して,化学肥料が代替できるのは養分の供給だけです。ここに施肥農業における有機物の意義があり,それは特に砂質土壌や重粘質土壌のような物理性などに問題がある土に大きいと思われます。

おわりにー「腐植説」と「鉱物説」の融合

 20世紀に入って「鉱物説」から導かれた無機的農業様式への批判と,有機的農業様式への回帰の動きが起こりました。これは現在の有機農業運動に続いています。つまり「腐植説」は消えることなく「鉱物説」とともに存在しているわけですが,現在の両者の関係はいささか対立的にみえます。しかし今後は両者の提携,融合を進めるべきと思われます。何故なら堆厩肥のみの場合より適量の化学肥料を補うことによって高収量が得られること,一方化学肥料による高収量を続けるためには有機物が十分に施されていることが必要であることが,試験の結果明らかにされているからです。

 この場合注意すべきは有機物の施用法です。昔の農民は労力を厭わず自分で堆厩肥を作って,長年の経験に基づいて施用していました。これに対して現在は,大量に排出される食品廃棄物,下水汚泥,家畜糞尿などによる環境負荷を軽減するために,これらのコンポスト化が進められ農家側に供給されています。これには農耕地による廃物処理という面もないとはいえません。

 こうして供給されるコンポストの含む養分や分解速度は千差万別であるので,使用するコンポストの特徴をよく知った上で,施用土壌と作物に応じて,化学肥料との適切な組み合わせを工夫する必要があります。コンポストの意義は土の物理性や生物活性の向上にあるので大量に施用されますが,それに伴う養分負荷に注意することも現在は特に必要です。

 2000年に「循環型社会形成推進基本法」が制定されましたが,循環型社会というのは「循環」それ自体が目的なく,それを通じて資源の消費が抑制されて,環境への負荷ができる限り低減されることにあるとされています。環境全体が富栄養化している現在,農場内で家畜の飼養と飼料作物の栽培を行って,地力維持のために養分循環を図ったテーアやシュタイナーの時代とは,循環の意義が異なっていることが窺われます。

参考文献

1)柏裕賢著作集 第12巻 農学の定礎者テーヤの生涯 京都産業大学出版会 1987

2)ルドルフ・シュタイナー 農業講座 新田義之ら訳 イザラ書房 2000

3)藤原辰史 ナチス・ドイツの有機農業 柏書房 2005

4)The Broadbalk Wheat Experiment. Rothamsted Experiment Station Report for 1968 Part 2

5)中田均 肥料三要素および堆肥の長期連用が土壌生産力に及ぼす影響の数理統計的解析 滋賀県農業試験場特別研究報告13号 1980

6)吉田文和 循環型社会一持続可能な未来への経済学 中公新書 2004

 

 

JA施肥改善支援システム「施肥名人Ver2.0」について

JA全農営農総合対策部 営農・技術センター
肥料研究室
調査役 田中 達也

1.はじめに

 JA全農が展開している「健康な土づくりと施肥改善運動」は,①土壌診断,②土づくり,③施肥指導という3本の柱を基本としており,我々はこれまでにこの運動を推進するためのツールの開発に取り組んできた。JAで簡易に分析できる全農型土壌分析器「ZA-Ⅱ」,その結果を活用し営農指導をサポートする土壌診断処方箋作成ソフト「診作くん2000」,そして合理的な肥培管理や施肥設計の検討に有効な窒素発現量シミュレーションソフト「施肥名人」などである。特に「施肥名人」は,これまで農業現場において推定することが困難であった被覆肥料をはじめとする緩効性肥料,有機質肥料,堆肥等の窒素発現量,さらに土壌から発現してくる窒素(地力窒素)量の無機化パターンを地温(入手できない場合は気温)から推定し,作物栽培期間中の無機態窒素の発現を経時的に予測できるという特長をもつ。

 この「施肥名人」を活用することによって,地温データさえあれば作物の養分吸収パターンに対応した肥料の選択が簡単にできるため,農業現場において地域毎にどの肥料が最も適するかを比較検討することができ,またそれぞれの地域にあった全量基肥施用等の新規銘柄の開発が容易となる。

2.「施肥名人Ver2.0」の開発

 「施肥名人」は提供開始後約5年が経過し,①WindowsXPへの対応,②操作性の向上,③化学合成緩効性肥料などの登録銘柄の追加等の要望が寄せられたことから,それに応えるべくバージョンアップを図り,このたび「施肥名人Ver2.0」として提供を開始した。

 登録肥料銘柄については,被覆肥料銘柄の追加(従来76銘柄→120銘柄に増加)に加え,ユーザーからの要望が高かった化学合成緩効性肥料(ホルム窒素・IB窒素・CDU窒素・グアニル尿素・オキサミド)を新しく追加した。一方,これらの化学合成緩効性肥料は化学的な加水分解や微生物分解を受けること,有機質肥料は微生物分解を受けて窒素成分が発現してくることから,「施肥名人Ver2.0」では微生物や土壌の水分状態が大幅に異なる水田条件と畑条件の各々に適合したパラメータを登録しており,それぞれのシミュレーションが可能となった。これにより,被覆肥料だけでなく有機質肥料や化学合成緩効性肥料を活用した合理的施肥法の検討にあたって精度が向上し,かつ簡易に行えるようになった。

 さらに新たな機能として,作物の窒素吸収量予測機能を追加した。窒素吸収量の予測は,窒素発現量のシミュレーション結果に施肥窒素利用率を掛けることによって算出する。各県の成果普及情報等などを参考にしながら本機能を活用することによって,好適窒素施用量の決定や肥料選定を簡易に行え,環境に配慮した施肥設計の策定が可能となる。

3.「施肥名人Ver2.0」の概要

(1)「施肥名人Ver2.0」の理論

 「施肥名人Ver2.0」は反応速度論的解析法の理論にもとづいている。その骨格式はここに示した1次反応式単純型と言われるものである。

 N=N0(1-exp(-kt))+B
 t=Σexp(Ea(T-298)/298*8.314*T)
 ただし,N:窒素発現量(無機化量),N0:最大無機化量,k:反応速度定数,t:日数,T:絶対温度,Ea:見かけの活性化工ネルギー(温度依存性),B:初期無機化量(切片)

 この式のうちN0,k,Ea,Bなどは資材ごとに異なっており,パラメータ(特性値)と呼んでいる。被覆肥料の場合には,この他に肥料が溶出を始めるまでの期間を表すtauとtauの標準偏差であるσの2つのパラメータが追加される。

 「施肥名人Ver2.0」では上記骨格式を改変した表1の6種類のモデル式を使用してシミュレーションを行うが,各資材別に最も適したモデル式を用いて,それぞれに対応したパラメータを設定するしくみになっている。

 これらのパラメータを得るためには,数段階の温度で培養実験を行って算出されたあと,実際の圃場で埋め込み試験などを実施してパラメータの適合性を確認する必要がある。

 また窒素吸収量を求める場合,次式のように肥料・堆肥・資材については窒素施用量に施肥窒素利用率を掛け,土壌については土壌由来の窒素発現量に発現する窒素の利用率を掛け,それらの合算値を算出して求める。

 作物体窒素吸収量=
  窒素施用量×施肥窒素利用率+
  土壌由来窒素発現量×発現窒素利用率

(2)シミュレーションの手順

 シミュレーションの流れは図1のとおりである。

 実際には既に登録済みの地温データを選択して,堆肥や肥料等を組み合わせ,施肥量や施肥月日等を入力してシミュレーションを実行する。

 その後,必要に応じてシミュレーションの条件を変更し,その結果を比較検討することによって施肥量や施肥時期を検討し,肥料の組み合わせを決定する判断材料に用いる。

(3)「施肥名人Ver2.0」の画面構成と機能

 図2は「施肥名人Ver2.0」のオープニング画面である。この画面が表示された後,自動的に図3のメインメニューに変わる。メインメニューは「マスター管理」,「シミュレーション」,「システム設定」,「終了」から構成されている。

 「マスター管理」画面ではシミュレーションの準備段階として,地温データの登録や各種肥料等のパラメータの登録を行う。地温はシミュレーションに不可欠であるが,その入力方法は,①キーボードから直接入力,②地温データファイル(CSVファイル形式)を読み込む方法,③気温データから推定式に基づいて地温に変換する方法,④気温データファイル(CSVファイル形式)を読み込み推定式に基づき地温に変換する方法の4通りである。なおこの推定式は地域性もあることからユーザーの登録制とした。

 また肥料マスターや堆肥,土壌マスターにはあらかじめいくつかの銘柄や土壌とそのパラメータが登録されている。被覆肥料マスターにはLPコート,エムコート,シグマコート,セラコートR,ユーコート,ロング,コープコート等が,また有機質肥料マスターには34品目の有機質肥料のパラメータが参考データとして登録してある。有機質肥料マスターに登録されている参考データは特定の条件下(畑条件:褐色低地土(最大容水量50%),水田条件:灰色低地土)で培養試験を行い,その結果にもとづいて設定しているため,培養条件が異なるとパラメータが違ってくる場合には,その条件下でのパラメータを登録し使い分けをすればよい。

 複合肥料は被覆入り複合肥料と化学合成緩効性肥料入り複合肥料および有機配合肥料が登録できる。複合肥料については配合されている原料の窒素発現量を個別に推定し,それらを合計する方式をとっているためパラメータは設定しない。もしパラメータを設定する場合は,その他肥料・資材マスターに登録することができる。

 次に「シミュレーション」画面では条件を設定してシミュレーションを行ったり,保存済みのシミュレーション結果を確認することができる他,条件を再設定してシミュレーションすることができる。図4はシミュレーション条件設定画面である。シミュレーションの条件(使用する地温データや肥料などの種類,銘柄名,施周年月日,施用量等)を入力し実行ボタンをクリックすると,同画面上で積算もしくは期間グラフ(選択可)が作成される。このグラフから,いつ,どれくらいの窒素が発現するのか,また推定期間の最終日にそれぞれの肥料からどれくらいの窒素が発現するのかを視覚的に把握することができる。この例では土壌と速効性肥料のアラジン484 および被覆肥料のLPコートS80 とLPコートSS100の組み合わせで水稲の全量基肥施肥のシミュレーションをおこなっているが肥料単独でもシミュレーションすることができるので,さまざまな肥料の窒素発現パターンを簡単に知ることができる。

 一方,図5は図4の例における窒素吸収量のシミュレーション結果と実際測定した吸収量を比較したグラフを示している。これらの結果を重ね合わせ,作物の吸収にマッチするように銘柄や施肥量の試行錯誤をパソコン上で繰り返すことで,理想的な施肥体系を容易に組むことが可能となる。

 また「システム設定」画面ではデータの保存先やグラフの配色等の設定を行う。

4.「施肥名人Ver2.0」の活用法

 「施肥名人Ver2.0」を用いて施肥設計をより合理的に組むことができるとともに,得られたシミュレーション結果をもとにJAや生産者への推進材料や肥培管理指導などに活用することができる。ここでは施肥設計を組む場合の活用法として用いる2つの方法について,神奈川県における秋まきキャベツを例にして説明する。

(1)既存の施肥基準を利用する手法

①施肥基準に記載されている施肥設計(慣行施肥体系)どおりに入力し,シミュレーションしたときの条件及び結果を保存する。

②その慣行施肥によって発現が予想される窒素パターンに一致するように,速効性肥料や被覆肥料などを選定しながら新たな施肥設計候補を作成する(図6)。

③いくつかの施肥設計候補を設定した後,比較グラフを用いて検討を行い,新たな施肥設計を決定する(図7)。このとき実際の施肥場面において,速効性肥料から緩効性肥料に置き換える場合は肥効が高まることから多少減肥するのが望ましい。

(2)作物の窒素吸収パターンを利用する手法

①対象作物の窒素吸収量のデータを入力する。

② シミュレーションの種類を「窒素発現量」から「窒素吸収量」に変更する。

③窒素吸収量に一致するように速効性肥料や被覆肥料などを選定しながら新たな施肥設計候補を作成する(図8)。

④いくつかの施肥設計候補を設定した後,比較グラフを用いて比較検討を行い,新たな施肥設計を決定する。

 このようにより現場に近い視点に立って,省力型の施肥体系を組んだり,効率的な施肥のための適地適量施肥を可能とする。

 その他の活用法としては,あらかじめ設定した肥効パターンに合致した配合肥料の原料設計を検討する際にも非常に有用である。また栽培期間中における緩効性窒素肥料の溶出を,それまでの地温をもとにシミュレーションして予測し,その後の施肥の指標とすることができる。

5.おわりに

 平成16年8月に出された新「食料・農業・農村基本計画」の中間論点整理では, ①環境と調和のとれた農業のために農業者に対する規範を設けて実践を求める,②農業が環境に及ぼす負荷の大幅低減を図るモデル的な取組を支援するといった具体的な方向性が打ち出された。特に①については平成17年3月に,「環境と調和のとれた農業生産活動規範」および「施肥基準の見直し方向」として公表されている。このように,施肥を効率化することにより環境に与える影響を軽減することは今後
益々求められる技術であり,農業現場において直ちに実行していかねばならない状況となっている。

 「施肥名人Ver2.0」はこのような課題に対応できる重要なツールのひとつと考えており,今後の施肥改善やそれに基づく営農指導に活用されることが期待される。

 以上

 

 

施設青シソ(オオバ)の緩効性肥料(ホワイトエース)
による施肥改善技術の実証

高知県中央農業振興センター 高知農業改良普及所
主任 森田 克彦

1.はじめに

 高知県南国市は県中央部に位置し,高知龍馬空港が立地する市である。古くから施設園芸が盛んな地域であり,その中でも施設青シソ(オオバ)は,昭和43年から栽培が始まり,37年の歴史を持ち,県内では最大の産地である。平成16年度の青シソの販売額は,南国市の施設園芸品目全体の第2位を占め,重要な品目の一つとなっている。

 近年,園芸野菜の販売情勢は低単価傾向が続いており,施設青シソについても,
①平成9年頃から販売単価が低下,
②中国からの輸入が増えて国産品の需要が減少傾向,
③周年栽培されているが,高温期の病害虫被害(ハスモンヨトウ,アザミウマ類,斑点病など)が多いうえに,使用できる登録農薬の種類が少ないこともあって生産が不安定,
等が要因で農家経営も不安定になっている。このため,生産安定対策として,効果的な病害虫防除技術や省力・低コストで効率的な施肥技術に対する要望が強くなっていた。

 このような時に,愛知県において青シソに緩効性肥料が施用され,良い結果が得られているという情報を入手した。そこで,高知県営農支援室の土壌肥料担当専技を通して愛知県に直接問い合わせてもらい,緩効性肥料施用の有効性に関する情報のご提供をいただいた。それを基に,緩効性肥料を用いた施肥改善技術の現地実証試験を行うことにした。

 緩効性肥料の施用によって,梅雨時期などの多雨時に灌水施肥を行わなくてもよい可能性があり,ハウス内湿度の上昇を防ぎ,斑点病,さび病等の予防になるのことが考えられる。また,施肥の省力化,低コスト化と肥効の効率化が図られ,青シソの生産が安定するとともに,肥効のコントロールによって環境保全的生産にもつながる可能性が高い。

 そこで,全農高知から緩効性肥料「ホワイトエース1号」を提供してもらい,病害虫防除,施肥の省力化・低コスト化および肥効の効率化とともに,肥効のコントロールによる環境保全的生産も視野に入れて,青シソの生産と農家経営の安定を目的とする施肥改善技術の現地実証試験を行い,普及,推進を図ることにした。

2.取り組み方法-農家との話し合い-

 平成15年6月に南国市農協大葉部会部長と協議し,緩効性肥料「ホワイトエース」の実証試験を計画した。実証担当農家(4名)に対して全農高知,農協,メーカ一等関係機関の担当者とともに肥料の特性,施用方法について説明し,検討を行った結果,夏期定植作型での実証展示を行うことが決定された。収量調査を担当してくれる農家は1名で,残りの3名は実証展示のみの取り組みとなった。

 毎月1回,関係機関の担当者と連携し,個別巡回調査(生育と土壌診断)と指導助言を行った。そして,大葉部会の研修会等では,実証展示圃の生育・収量の途中経過を報告し,本施肥法の効果について随時説明した。

3.試験方法

1)供試肥料と施肥法

(1)供試肥料
 本実証試験に供試した肥料はホワイトエース1号である。本肥料の成分内容は表1に示したとおりである。

(2)施肥法
 試験区は実証区と慣行区の2区を設け,施肥法は,実証区が全量元肥施肥,慣行区が元肥プラス追肥の体系とした。施肥位置は両区とも元肥は畦上全層施肥とし,慣行区の追肥は液肥で株元に行った。なお,元肥の施肥位置ついて,一部で溝施肥の試験も行った。

 実証区と慣行区の施肥量は表2,慣行区の月別追肥液量は表3にそれぞれ示した。実証区の施肥量は慣行区比で,窒素が約47%,リン酸が約36%,カリが約46%である。慣行区の追肥は液肥を用いて8月から12月まで毎月行った。

2)耕種概要

(1)供試品種:南国市在来
(2)定植:2003年7月20日
(3)栽植密度:畦幅1.2m×株間0.2m,2条植え(8,250本/10a)
(4)収穫:2003年8月18日~2004年1月9日

3)調査項目

(1)土壌調査:月1回
(2)収量調査:10株調査

4.結果および考察

1)生育

 生育状況は,月1回,実証展示圃を巡回して調べたが,順調に進んでいることが確認された。担当農家から,実証区の極初期の生育が若干遅れるという指摘があったが,その後回復し全く問題にはならないことが確かめられた。

2)収量性

 8月初めの収量は実証区が慣行区に比べ僅かに少なかったが,最終的な累計総収量は実証区の方が多かった。ホワイトエースの全量元肥施肥で,しかも5割強の減肥で慣行栽培を上回る収量が得られた。

3)肥料コストの比較

 実証区の肥料コストは慣行区と比較して,元肥で約54%,施肥量総合計で約35%であった。このように,ホワイトエースの全量元肥施肥によって,著しい低コスト化が可能であることが確認された。

4)土壌調査結果

 青シソの土壌中の適正な硝酸態窒素量は5mg/乾土100g程度とされている。生育期間を通じて硝酸態窒素,置換性カリとも適正範囲内にあったものと考えられる。12月と1月の硝酸態窒素の分析値が異常に高かったが,それは不適切な表土の土壌サンプリングによるものと思われた。

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5)溝施肥と生育

 元肥を溝施肥しても畦上全層施肥との生育差はなく,この施肥法も有効であると考えられた。

5.まとめ

1)生産費低減・省力

 肥料代が安価で,追肥労力が不用である。

2)肥効が安定

 肥効が持続するため,液肥による追肥が不要である。

3)病害虫防除

 潅水施肥不要のため,多雨時のハウス内多湿条件回避による発生軽減の可能性が高い(未調査)。

4)環境保全

 施肥の効率化と肥効のコントロールにより大幅な減肥が可能で,環境負荷が軽減できる。

6.農家の声

1)コスト低減が可能である。
2)肥効の持続で生育が安定する。
3)追肥労力が省略でき,省力的である。
4)初期生育が若干劣る場合があるが,問題ない。
5)土作りとの併用が望ましい。
6)やはり慣行の有機質肥料利用が良い。
等の意見が寄せられたが,概ね好評であった。

7.留意事項

1)1月以降の低温期の定植作型において,土壌残肥量と生育によっては,初期1回程度の少量追肥が必要な場合がある。

2)本肥料は,十分な土作りと合わせて施用することが望ましい。

3)高温期作型では,高温乾燥年の場合は灌水量が多くなり,肥効が早く切れる時がある。このため,生育後半~末期にかけて生育を見ながら追肥を行う必要がある。

8.おわりに

 南国市における作型は,大きく分けて夏秋期定植と冬春期定植の年2作体系である。平成16年における本施肥法の普及率は,冬春期定植が終了した5月時点で48%(25名),夏秋期定植が終了した12月末では約70%であった。平成17年の5月時点では52%(27名)である。このように,本施肥法は生産者にその有効性が認められ,普及が急速に進んでいる。

 また,この施肥法は,県内産地の交流会などで紹介されているため,県内の他の産地にも普及が進みつつある。

 本施肥技術は,農家関係機関と共に知恵を出し合った結果できたものと考えている。今後とも,省力・低コスト化技術の工夫を農家,関係機関と共に考え,農家の経営改善につなげていくことが必要であると考えている。

 最後に,本施肥技術の組み立てに際し,特にチッソ旭肥料株式会社と高知県担当職員の方々にお世話になりました。ここに深く謝意を表します。

 

 

2005年本誌既刊総目次

<1月号>
§厳しい環境の中で変わる農業生産
 チッソ旭肥料株式会社
 社長 竹田 博
§水稲および水田転作作物を利用したかんがい水中硝酸態窒素の浄化
 鹿児島県農業試験場 土壌肥料部
 主任研究員 上薗 一郎
§肥料の常識・非常識(9)
 越野 正義
§水稲の育苗箱全量施肥専用肥料「苗箱まかせ」の普及,急速に拡大
 -売れる米づくりを目指す-
 八甲田農業協同組合
 営農部長 田嶋 恒
 八甲田農業協同組合 総務部総務課
 広報担当 鶴ヶ崎 優貴子

<2月号>
§コシヒカリの8葉期中干しが根系生育に及ぼす影響
 金沢大学教育学部
 教授 鯨 幸夫
    今村恵理
 JA入善町 営農生活部
 部長待遇 辰尻 幸彦
§葉たばこ栽培における育苗ポット全量施肥技術の検討
 福島県たばこ試験場
 研究員 二階堂 英行
§肥効調節型肥料による露地温州みかんの省力的施肥法
 熊本県農業研究センター
 果樹研究所病虫化学研究室
 室長 土田 通彦

<3・4月合併号>
§いぐさ栽培における被覆尿素基肥施用による省力減量施肥体系
 熊本県農業研究センター い業研究所
 育種・栽培研究室
 研究参事 湯野 康博
§肥効調節型肥料を用いたイチゴの低コスト高設ベンチ全量基肥栽培技術
 <後編:本ぽにおける全量基肥栽培>
 栃木県農業試験場 栃木分場
 いちご研究室
 技師 畠山 昭嗣
§アスパラガス半促成長期どり栽培における肥効調節型肥料を利用した省力追肥
 福岡県農業総合試験場
 筑後分場 野菜チーム
 主任技師 水上 宏ニ
§肥料の常識・非常識(10)
 越野 正義

<5月号>
§LPコート全量基肥施肥による小麦子実タンパク質含有率の向上
 熊本県農業研究センタ一生産環境研究所
 主任技師 松森 信
§肥料と切手よもやま話(番外)
 越野 正義
§富山の関東・東北移民と北海道移民
 富山県郷土史会
 常任理事 前田 英雄

<6月号>
§ニホンナシ「豊水」における肥効調節型肥料による施肥量削減
 熊本県農業研究センター果樹研究所
 病虫化学研究室
 主任技師 上村 浩憲
§養液栽培トマトの湿気中根および水中根の養水分吸収に及ぼす根域温度の影響
 (独)農業・生物系特定産業技術研究機構
 野菜茶業研究所 果菜研究部
 栽培システム研究室
 中野 有加

<7月号>
§歴史の中の肥料[1]
 大平洋のリン鉱の島々を巡るエピソード(1)
 京都大学名誉教授
 高橋 英一
§緑肥(ヘアリーベッチ)による地力増強と水稲栽培への効果
 富山県農業技術センター
 農業試験場 土壌肥料課
 副主幹研究員 岡山 清司

<8月号>
§歴史の中の肥料[2]
 大平洋のリン鉱の島々を巡るエピソード(2)
 京都大学名誉教授
 高橋 英一
§被覆尿素肥料を用いた高品質小麦生産について
 愛知県農業総合試験場 企画普及部
 企画調整グループ
 技師 武井 真理
§黒ボク土における長ネギの施肥同時溝切り機を利用した全量基肥栽培
 秋田県農業試験場 生産環境部
 主任研究員 村上 章

<9月号>
§歴史の中の肥料[3]
 アンモニア合成への道(1)
 京都大学名誉教授
 高橋 英一
§北国の冬の寒さを活かした葉菜類栽培
 秋田県農業試験場 野菜・花き部
 園芸環境担当
 主任研究員 田村 晃
§高設栽培イチゴの生育・収量と培地の物理的特性との関係
 岐阜大学大学院連合農学研究科(静岡大学)
 遠藤 昌伸

<10月号>
§歴史の中の肥料[4]
 アンモニア合成への道(2)
 京都大学名誉教授
 高橋 英一
§抑制キュウリにおける被覆燐硝安加里肥料を用いた植穴全量基肥施肥技術
 宮崎県総合農業試験場 土壌環境部
 部長 横山 明敏
§旧加賀藩政時代の虫塚から学ぶこと(続編・その1)
 石川県農業総合研究センター
 資源加工研究部 生物資源グループ
 専門研究員 森川千春

<11月号>
§歴史の中の肥料[5]
 尿素が窒素肥料の王座を占めるまで
 京都大学名誉教授
 高橋 英一
§栃木県内水田土壌中の可給態りん酸及びけい酸の現状と水稲の超一発肥料・プレミアの普及拡大
 -品質-味の良い米をつくるために-
 全農栃木県本部 生産資材部
 技術参与 小川 昭夫
§肥効調節型肥料を利用したトマト育苗鉢内全量施肥法
 静岡県農業試験場 土壌肥料部
 主任研究員 小杉 徹

<12月号>
§歴史の中の肥料[6]
 施肥農業からみた「腐植説」と「鉱物説」
 京都大学名誉教授
 高橋 英一
§JA施肥改善支援システム「施肥名人Ver2.0」について
 JA全農営農総合対策部 営農・技術センター
 肥料研究室
 調査役 田中 達也
§施設青シソ(オオバ)の緩効性肥料(ホワイトエース)による施肥改善技術の実証
 高知県中央農業振興センター 高知農業改良普及所
 主任 森田 克彦
§2005年本誌既刊総目次